ノブの製作に旋盤という工作機械で端面を削ると、レコード盤のような同心円状の細い溝が残ります。溝の立体モデルを光線追跡すると右上図のようになり、完全な平滑面をまったく同じ条件で検証しても右下図のようになります。



ノブの不思議なパターン

 ノブの頭の平面部には、中心から周辺に向かって灯台から出る光のように放射状の光沢面ができる。これはライカに限らず、ほかのカメラやオーディオ機器などのダイヤルにも現れる。見る角度によりその位置は変化し、広がりの幅と明るさも変わり、見ていて飽きない。光沢面と暗部の対比が美しく、しかも精悍な印象を与える。
 イラストレーションを描くときも、この描写を取り入れることで、シャープな金属光沢面が表現できる。実物のノブをよく見ると、光沢面と暗部の境界線は、ノブの周辺ではボケていて、中心に近づくにつれてシャープになる。さらに暗部の中にも部分的に放射状の明るい部分がある。この不思議なパターンはなぜ発生するのであろうか。クロームメッキを施しているからか。しかし素材である真鍮の生地のままでも発生するのである。では完璧に研磨されているからであろうか。残念ながらライカのノブは完全な平滑面とはなっていない。さらにいえば、平滑面ではこのパターンは発生しないのである。
 ノブは真鍮の丸棒を削って作るのであるが、その製作工程に起因する。製作には旋盤という工作機械を用いるが、左上図に示すように素材となる真鍮の丸棒を旋盤に取り付け、高速で回転させる。そこに切削用のバイトと呼ばれる刃物を当てて、削っていくのである。バイトは移動できるようになっていて、少しずつ送っていく。これを端面削りと呼ぶ。
 バイトの先端は鋭利になっていて、その結果、端面にはレコード盤のような同心円状の細い溝が残るのである。この形状に光を当てるとどうなるか。溝はバイトの種類や送りの速さにより、形状や幅も変化するため一概にはいえないが、一般的な加工方法によってできる溝の立体モデルをデータ化し3次元のコンピュータグラフィックスで検証してみた。金属光沢面としての反射率等諸条件と照明を設定するとコンピュータが光線追跡を行い、右上図のようなリアルな映像が完成する。これをレンダリングと呼ぶが、実物のノブと見比べてもかなり近い結果が出ている。
 照明からの光が同心円状の溝に入ると、観察者の視点との位置関係により、反射した光が視点に達する部分は明るく輝き、そうでない部分は暗くなることでこのパターンが生じると考えられる。
 ちなみに完全な平滑面をまったく同じ条件でレンダリングすると右下図のようになる。金属光沢面でも見る角度によっては、ほとんどが暗部となる。なお周囲のギザギザはローレットと呼ばれるが、レンダリングのために仮に設定したもので、実際のライカは網目ローレットである。

 写真工業5月号別冊「ライカの探求」(1999年) 投稿記事より引用